中古住宅流通を活性化するために、建物状況調査(インスペクション)の活用を促す宅地建物取引業法(宅建業法)の一部改正法案が2016年5月27日に成立しました。
今回の改正のポイントはどこにあるのか、消費者の観点から探ってみました。
緊急課題の中古住宅流通
少子高齢化などを背景に、新築住宅の着工件数の伸び悩みが見込まれる中、空き家の増加が大きな社会問題となっています。こうした中で、中古住宅流通の円滑化が緊急の課題として浮上しており、今回の改正の狙いも一義的にはこの点にありました。
まず、中古住宅を診断する仕組みの普及・定着を図って、中古物件の品質向上を目指し、一層の情報開示など併せて市場の整備を急ぎたいのが国交省の思惑です。
業界慣行の「囲い込み」は注目課題だったが…
しかし、市場活性化には、業界慣行の「両手取引」の規制や、手数料自由化なども中長期的な課題として挙げられています。特に、議論されてきたことの一つである中古住宅の売買仲介における物件情報の「囲い込み」に関しては、罰則規定が検討されたものの、今回の法改正では反映されていません。
「囲い込み」とは、売主から物件を任された仲介会社が、その情報を市場に流さず囲い込んで、自社だけで買主を決めようとするものです。具体的には、意図的に売買情報を隠したり、十分な宣伝活動をしなかったりするほか、悪質なものは同業他社から問い合わせがあっても、「先約がある」などと理由をつけて断ってしまうケースがあります。
売主と媒介契約をした仲介会社は、レインズ(国土交通大臣から指定を受けた不動産流通機構が運営しているコンピュータ・ネットワークシステム)への情報登録が義務付けられています。他社はレインズの情報を見て問い合わせることが多いのですが、この段階でシャットアウトされてしまうわけです。
売主にとっても、囲い込みが原因でなかなか売却が決まらないとなれば、焦って買い叩かれる心配もあります。
根底にあるのは「両手仲介」
上述のような行為は、同業他社からの買主の紹介を妨害する行為と見なされ、宅建業法で禁じられています。
それなのに、長く業界慣行として行われてきた背景には、仲介会社が売主と買主の双方から仲介手数料を得て利益を上げようとする、不動産業界独特の「両手仲介」の仕組みがあります。
不動産の売却においては、物件の売主と買主の双方が、仲介会社に仲介手数料を支払うシステムになっています。この手数料の双方を、一社が独占して受け取ることを「両手仲介」と呼びます。仲介会社にとっては、倍の手数料が入る「おいしい取引」になり、この手数料を稼ぎたいために、「囲い込み」を目論む会社が後を絶たないのです。
違反者への処分・罰則強化は盛り込まれず
この問題については、2015年の自民党の「中古市場活性化小委員会」で、囲い込みに関する罰則規定が検討されました。
その後2015年5月に自民党がまとめた政策提言「中古市場活性化に向けた8つの提言」の中でも、「囲い込み」の解消に向けたレインズルールの抜本的改善が指摘され、「囲い込み」に改善が見られない場合は違反者への処分・罰則の強化を通常国会で検討するとしました。しかし結局、今回の法改正にはそうした内容は反映されず、「抜け落ちた」と指摘する声もあります。
物件の囲い込みがなくなれば、どの仲介会社を選んでも、買主は望みの物件が買えるようになります。仲介会社にとってもレインズのシステムを検索して紹介するだけなら、手間もコストもかからず集客のために仲介手数料を下げる動きが出てきても良さそうですが現実は違います。
住宅新報社が実施している主要不動産流通各社の売買仲介実績を見ると、2014年3月期と2016年3月期で、大手の件数あたりの仲介手数料料率にほとんど変化がありません。これを見る限り、囲い込みの状況は改善されていないようです。
業界の思惑は様々 自らの姿勢改善なるか?
業界の思惑も一致しません。一般社団法人土地総合研究所が、自民党提言に関する不動産業者アンケート調査を行った結果(2015年11月~12月実施)、両手仲介の禁止について、反対が過半数を占めました。
両手仲介の禁止は「囲い込み」の抑止になるという意見が、中小の仲介会社などから出されていますが、「必ずしも両手仲介が顧客の利益を損なうとは限らない」「中古住宅流通の活性化という観点では、両手仲介の禁止が不動産業者の意欲低下につながる恐れもある」などの意見が主流を占めています。まるで「やる気を出すために、両手仲介を認めてほしい」と言っているように見えます。
また、それに関連して、仲介手数料の自由化についても、反対が賛成を上回りました。自由化による値下げ競争への懸念が多く見られたといいます。
一方、このアンケートから透けて見えるのは、今回の法改正の中心となったインスペクションに関する業者のニーズが、必ずしもその他の項目と比べて高いわけではないことです。なお、インスペクション導入に当たっては、一部の会社で建物診断サービスをスタートさせるなど、体制を整える動きも出ています。
まとめ
一般の消費者と不動産業者では、専門的なものも含めて「情報の量・質」ともに大きく違います。取引の透明性がなければ、本当に不動産業者が売主・買主の利益を優先しているかどうか検証もできず、消費者は置き去りです。
今回のインスペクションの導入により中古流通市場がどれだけ盛り上がるかはまだ不透明ですが、さらなる「重要事項」である中長期的な課題の改善策を業界自ら提示していくことも市場の活性化には不可欠でしょう。