アパートやマンションのオーナーとなっている人たちが、不動産投資をはじめたきっかけはさまざまです。自らの意思で積極的に乗り出した人もいれば、相続で経営を引き継いだ人や実家の都合で経営をはじめたという人もいるでしょう。
いずれにしても経営をはじめると、「会社設立」や「法人化」という言葉が頭の中をよぎる時がきます。そこで今回は「法人化による不動産経営」のメリット・デメリットを解説します。
所得の種類と所得税率の仕組み
不動産管理を法人で行うのか個人で行うのか、最終的な選択の判断基準はキャッシュフローです。キャッシュフローを決定する要素は種々ありますが、一番大きな比重を占めるのは税金でしょう。
そこで、まずは所得税の仕組みについてみてみましょう。所得税は経済活動で得られた所得に対して課税されます。また、「給与所得」「事業所得」など10に区分されており、「不動産所得」もその一つです。アパートや貸しビルなどの賃貸物件、時間貸し駐車場など不動産を利用した所得は、事業所得ではなく不動産所得に分類されます。
ここで注意すべきなのは、不動産所得が赤字になった場合はほかの所得の黒字と差し引き(損益通算)できることです。損益通算の対象となる所得は、「不動産所得」「事業所得」「給与所得」「山林所得」「譲渡所得」の5種類です。
しばしば「マンション投資の赤字は給与所得と合算できるので節税になる」という損益通算のメリットが伝えられていますが、この方法には注意が必要です。「土地に対する借入金の利子」によって生じた不動産所得の赤字を、ほかの各種所得額から控除することはできません。したがって、ローンを利用する場合は、自己資金をできるだけ土地代にまわすと後々役立ちます。
また、日本の個人所得税は「超過累進課税」が採用されています。これは単純にいうと、所得が大きくなるにつれて税率も大きくなる税制です。ところが法人は実効税率が単一の税率となっています。
法人に対する法人税率は平成30年度で23.2%、中小企業で所得800万円以下の部分は15%です。また、国・地方税を合算した場合の実効税率は29.74%となります。一方で個人の所得税率は、所得330万円超で20%となり、中小企業の所得800万円以下の税率15%を越えます。さらに個人の場合は住民税が10%別途加算されることになります。
上述した内容を踏まえますと、だいたい”所得600万円”を境に、個人と法人の実効税率が逆転します。不動産管理を所得税で判断する場合の基準はここにあります。つまり、所得がこれ以下であれば個人事業、これ以上であれば法人化で所得税額のメリットが生まれます。
※税制改正が行われた場合は、内容が変更となる可能性があります。
なお、お客様の個別の状況・判断、また今後の実務上の取扱いが記載内容と異なる場合もございますので、申告や納税にかかる詳細については所轄の税務署又は税理士にご相談ください。
不動産管理会社のスキーム
前述したとおり、所得合計がある一定ラインを超えると、法人による不動産経営に切り替えたほうが節税になります。不動産管理会社の業態としては以下の3つがあります。
1. 不動産管理委託会社:大家が不動産管理会社に管理を委託
個人経営では、オーナーがアパートの清掃や家賃の集金業務、入居者募集業務などを自ら行うことになります。これをオーナーが設立した不動産管理会社に委託します。家賃収入の一部が管理受託料として管理会社の収入となります。標準的な管理受託料は家賃の5~10%程度です。このスキームでは、家賃収入の10%以下しか所得の分散効果がないため、節税効果はそれほど大きく望めません。
2. サブリース会社:不動産管理会社が物件をサブリース(転貸)
オーナーが設立した会社に物件をサブリース(転貸)します。管理委託と大きく異なるのは、入居者との契約名義がサブリース会社となり、家賃は入居者からサブリース会社に支払われ、オーナーには家賃保証がなされる点です。サブリース会社設立の場合、会社が入居者との契約主体になり入居者との再契約などに手間を要します。しかし、家賃保証によりサブリース会社の手数料を家賃の20%前後にすることができるため、管理委託会社よりも所得分散による節税効果は上がります。
3. 不動産所有会社:不動産管理会社に建物を譲渡
個人所有の不動産を会社名義に変更する手法です。一般的に、「不動産経営の法人化」というと、このスキームを指します。この場合、建物だけを法人名義に変更するほうが譲渡所得の発生がなくなり、費用対効果の向上が見込めます。なお、資産移転に際して、登録免許税や不動産取得税などの費用が発生することがあります。
このビジネスモデルは、次に挙げる点を特徴としており、これにより大きな所得の分散効果を期待できます。
1)家賃収入は不動産所有会社に帰属
2)不動産所有会社のオーナーへの地代の支払い
3)不動産所有会社の株主に対する配当
4)不動産所有会社の経営陣・従業員に対する役員報酬・給与の支払い
これに付随するオーナーのメリットとして、生命保険を利用した役員退職金掛け金の損金(経費)化、個人所得に対する小規模企業共済(加入条件あり)を使った退職金掛け金の非課税枠の利用などがあります。また、相続人を従業員や株主にすることで相続税の納税資金の準備にも役立ちます。
一方、課題は、建物のローンがあると金融機関の承諾が必要となることです。金融機関によっては、ローン残債がある状態での譲渡に難色を示すことがあります。法人化の前に金融機関の方針を確認することをおすすめします。
賃貸物件のオーナーにとって、不動産管理会社を所有することは一つのステータスになります。個人よりも会社組織にすると信用度はアップし節税にも役立ちます。ただし、経営者すべてにメリットがあるわけではありません。会社勤め、フリーランス、専業大家など、自身の状況や本業での所得と不動産での所得を比較検討して総合的に損得を判断することが大切です。